蜃気楼 

 トゥメンバイヤーとこれからのスケジュールを検討した。私たちは明後日の夜までにウランバートルまで帰らなくてはならない。そのためには、これ以上南ゴビでのんびりしているわけにはいかなかった。化石の宝庫ツグリキンシレにも行きたかったが、その時間はなかった。また次の機会もある。私たちは、一路ウランバートルに向けて出発することにした。

 バヤンザクが浮かんでいる、まるで海のような大デプレッション(大平原盆地)を北に上がりながら、ミドルゴビに向かい、私たちはウランバートルへ帰る。東側に山並みが見えるものの、どこまでもつづく水平なゴビを地平線に向かって走る。

 やがて、東側の山側により、平原から褐色や黒色のこぶのある地形になる。貫入岩体が北東-南西方向の黒い壁をつくっている。車は洗濯板の上をはしるようにガタガタと揺れながら、登りにかかる。スピードメータが壊れ、時速12キロを指したまま動かなくなった。そして、距離計も37,872キロで止まった。

 低いザクと紫の草のはえるゴビにかかり、東側に山並みが見える以外、何もない砂のゴビになる。電信柱沿いのやや走りやすい道になり、砂煙をあげて快走する。日差しがとても暑い。Tシャツになり、ビールをあける。気温26度、湿度10パーセント。

 後続の車が見えなくなった。360度地平線で、遠くに低く山並みが見える。ちょうど正午に、後続の車を待つために車を止めた。先に降りたトゥメンバイヤーとソガラ氏が何か言っている。車から降りて、地平線のかなたを見て、驚いた。
蜃気楼を指差す前田くん
 「山が浮いている!」

 地平線のかなたの低い山並みがすべて、地平線から離れて浮いている。360度が蜃気楼である。この暑さで平原盆地の中の気温が急激に上昇して、大気に密度差が生じ、光線が屈折したために、本来は地平線の上にくっついて見える山並みが、地平線の上に浮いて見えるのだろう。

 「すごい、こんな蜃気楼ははじめて見た。」

 感動して蜃気楼を見ていると、後続のジープも到着した。降りてきた井上くんや前田くんも蜃気楼に気がついて、飛び跳ねて感動している。前田くんははだかになり、何か叫んだ。井上くんは裸足で、彼か名づけた「蜃気楼おどり」なるものを踊りだした。

 それを見ていたサンペルガバさんも踊りだした。なんだかわからなかったが、みんなで「蜃気楼おどり」を踊った。トゥメンバイヤーやソガラ氏、それにドライバーは遠くからあきれ顔で、私たちを見ていた。

 踊りも一段落して、サンプラガバさんがゴビの草を摘みはじめた。彼女はガゼルの食べる草を教えてくれた。草原やゴビの草はハーブとして食用や薬草になるという。草原には野生のネギがはえていて、これは馬や羊が食べているが、葉は少し硬いが人間でも食べられる。ゴビに住む人は、ゴビの自然を上手に利用している。
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