3台のジープ 

 その朝は午前6時30分に起きた。まだ、外は暗い。モンゴルの時刻は、春分から秋分までの間はエネルギー節減のためにサマータイムが用いられていて、日本との時差はない。しかし、日本よりも相当西にあるモンゴルでは日の出が午前7時から8時で、日没は午後8時から10時と、日本での夏の朝晩の明るさからするとおよそ2〜3時間ずれがあるように感じる。

 ホテルのレストランで食事をすませ、8時にホテルの前に出ると、赤と緑と黄色(クリーム色)の3台のジープが来て、私たちはそれに分乗して出発した。

 赤のジープは、私が前年の旅で使ったロシア製のニバ(NIVA-600)で、私とトゥメンバイヤー、それにドライバーのバトゥセンゲルさんが乗り込んだ。黄色の軍用ジープのドライバーはハイアンハルドさんで、それには井上くんと前田くん、それにオトゴンさん(オトゴンチメグさんをこれからはこう呼ぶ)が乗り込んだ。緑の軍用ジープのドライバーはソメヤさんといい、それには矢崎さんと賄いのサンペルガバさんが乗り込んだ。

 私たちの乗り込んだ3台のジープは、トーラ川を渡って、西に向かった。道には通勤でバスを待つ人たちや、車が行きかっている。火力発電所の南を通り、空港を過ぎると、ウランバートルの町ともお別れである。町の出入口の検問所がある。検問所の警察官がおばあちゃんと子供を近くの町まで車に乗せていってくれというので、緑のジープに乗せて出発する。

 少し行くと町があり、ここを過ぎるとアスファルトの道がなくなった。大きな養鶏場があり、そこで左折して、南に向かおうとした時、二人の警察官が現れて私たちの車を止めた。

 ドライバーが下りて、何か話をしていたが、車の中を探りはじめた。すぐに彼らは車から離れ、ドライバーも車にもどり、出発した。警察官は狩猟許可の有無や猟銃を持っているかを調べたのだそうだ。野生動物をハンティングするためにモンゴルを訪れる外国人が多く、狩猟許可を持っていても、保護動物を狩猟してしまうこともあり、トラブルがあるという。

草原をかける緑のジープ モンゴル人というと、馬に乗り狩猟をするイメージをもつ人も少なくないと思う。しかし、モンゴルの人たちの多くは、もともと遊牧をして羊などの家畜を生活の糧としている。狩猟もするがそれは主要なものではなく、生活の中で必要以上の殺戮はしない。

 南北に細く伸びる盆地の西側の縁を通って、南に下る。緑の草原の中に何本かのわだちの道があり、順調に走っていく。東側の低地の草はもう黄色に色をかえている。一休みするために、車を止めた。草の香り、そう草原の香りがする。

 ちょうど、今は8月から9月のはじめの「ウブス・シャルラッホ(草が黄色になる季節)」である。

 モンゴルでは秋のことを、「アルタン・ナマル(黄金の秋)」と呼ぶ。秋は一年のうちで一番すごしやすく、実りの季節である。北部の山地では樹木が黄金色になり、中西部の山地にあたるハンガイや中南部のゴビでは草原がすべて黄金色になる。しかし、「黄金の秋」はとても短い。すぐに雪がきて、厳しい冬になる。モンゴルの人たちは、この恵みの季節を楽しみ、そして冬への準備を整える。

 私は、私たちが帰りにここを訪れるときには、ちょうど「アルタン・ナマル」のころだろうと思いながら、風景を楽しんだ。

 私の乗ったニバのドライバーであるバトセンゲルさんは、モンゴルのバイクと車のラリーチャンピオンで、今までに11回優勝したそうである。また、緑色のジープのドライバーであるソメヤさんはモンゴル最初の宇宙飛行士だという。今回の旅のスタッフはモンゴルの有名人ぞろいだ。

 私は、ジオトラベルの立澤さんから借りてきた携帯用のGPS(人工衛星を利用して位置を測定する装置)で現在の位置を出した。位置は2分ほどで人工衛星をマークして測定できる。北緯47度41.25分、東経106度39.07分。これが現在の私たちのいる位置である。何の目標物もないゴビのようなところでは、大海原と同様にGPSは威力を発揮する。GPSで位置を測定し、その位置を地図に記入した。GPSは、自分の位置を見失わないためにも、自分のルートを記録するためにも、ゴビの旅では必需品のひとつである。

峠のオボー 私たちは車に乗り込み、南に向かって出発した。盆地の南の縁から山地にかかり、峠のところにオボーがあった。オボーは、山頂や道しるべに石を積んで神に祭る塚で、いわゆる山頂によくあるケルンである。

 モンゴルでは山頂や道のわきにしばしばオボーがあり、そこを通る旅人はオボーに石を加えて、右廻りに3回廻って旅の安全を祈願する習わしである。私たちも車から降りて、モンゴルの習慣にならい、旅の安全を祈願した。オボーには羊の頭骨やタイヤ、空き缶や空き瓶まで積まれていた。

 峠から南にも南北にのびる幅広い盆地がひろがっていて、私たち3台のジープはそれぞれ並走するかたちで、駆け下って行った。草原の道を少し行くと、タルバガンがよちよち歩いてジープの前に出てきた。タルバガンはジープに追われるようにあわてて走りながら、道の左側に逃げて穴に逃げ込んだ。私たちのジープの後を走っていた黄色のジープは、タルバガンを追って草原の中を走りまわった。
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