沈んだ大陸
―大規模海面上昇と動物分布の謎―
柴 正博著

2024/12/17



沈んだ大陸
―大規模海面上昇と動物分布の謎―
柴 正博著

A5版 幻冬舎メディアコンサルティング発行、発売元 幻冬舎
ISBN 978-4-344-69194-0 C0040

2025年1月10日発行 A5判 241ページ 幻冬舎 定価1,600円(税込1,760円)
電子書籍(図がカラー)は2025年2月28日配信開始 定価1520円(税込1,672円)


地球の歴史を過去に遡っていくと、海に沈んだ大陸が最近の海底の地質調査でたくさん発見されています。また、生物の遺伝子情報にもとづいた分子系統学により、生物の祖先の系統関係が明らかになり、それらの生物の分布から過去の大陸と海洋の分布についてさまざまな議論がなされています。本書では、最近のこれら地質学と生物学の研究から、過去に沈んだ大陸の痕跡を探してみたいと思います。 


目 次

第1章 伝説の大陸と最終氷期の大陸


1 伝説の沈んだ大陸
 ムー大陸/アトランティス大陸

2 最終氷期の海面変動と沈んだ大陸
 最終氷期の海岸線/海岸線の証拠/サンゴ礁の沈降と礁の厚さ/ブラキストン線 22/スンダランドとベーリンジア/最終氷期以降の海面上昇と沈んだ大陸

第2章 日本列島周辺の沈んだ大陸

1 日本列島の哺乳類相の起源
 ナウマンゾウの祖先はいつ日本列島に来たか/駿河湾はいつできたか/ナウマンゾウの祖先が渡った沈んだ大陸

2 伊豆諸島の沈んだ大陸
 伊豆諸島のマムシとシモダマイマイ/オカダトカゲがいた古伊豆半島/伊豆諸島の植物の生い立ち/古伊豆半島/古伊豆島と古八丈島

3 琉球諸島の沈んだ大陸
 琉球諸島の地形と爬虫類相/海に沈んだ琉球古陸

コラム1 地質年代に慣れてください

第3章 四三万年前に沈んだ大陸

1 ワラセア区の沈んだ大陸
 ジャワ島/フローレス島/スラウェシ島/フィリピン諸島/ワラセア区の沈んだ大陸

2 地中海の沈んだ大陸
 キプロス島/クレタ島/エーゲ海の島々/シチリア島/マルタ島/サルデーニャ島とコルシカ島/地中海の沈んだ大陸

3 四三万年前に沈んだその他の大陸
 チャネル諸島のシマキツネ/バハカリフォルニア半島のガータースネーク/フォークランド諸島のオオカミ/チャタム海膨の沈んだ大陸

4 陸橋による動物の移動
 今から四三年前以降の陸橋/海洋分散説への反論/大陸島と海洋島/今から四三年前以降の海面上昇

コラム2 岩石の名前に慣れてください

第4章 深海に沈んだ大陸

1 海底の地形と地質を調べる
 海底の深さを調べる/海底の地形/海底の地質を調べる/深海掘削

2 大西洋の沈んだ大陸
 メキシコ湾/北アメリカ大陸東岸沖/グリーンランド縁辺東部/北部大西洋(アイスランディア)/イギリスとイベリア半島縁辺/アフリカ大陸西岸沖/南アメリカ大陸東岸沖/地中海/大西洋中央海嶺の古い岩石と大陸系の岩石/赤道付近とそれ以南の大西洋中央海嶺/大西洋に沈んだ大陸

3 インド洋の沈んだ大陸
 紅海とオマーン大陸縁辺/コモロ諸島とモザンビーク海峡/モザンビーク海台とアグラス海台/マスカリン海台とマダガスカル海台/モルディブ海嶺と東経九〇度海嶺/ケルゲレン海台/オーストラリア大陸西岸/オーストラリア大陸南岸とタスマニア海膨/南極大陸縁辺/インド洋に沈んだ大陸

4 太平洋の沈んだ大陸
 中部太平洋海山群/大規模海膨/天皇海山列/マーシャル諸島の環礁/オーストラリア大陸の東方縁辺/ニュージーランド周辺(ジーランディア)/フィリピン海と西マリアナ海嶺/日本海溝と日本海/中央アメリカ海溝とペールー海溝/太平洋の海溝や断裂帯でみつかる古期岩石/太平洋に沈んだ大陸

第5章 ジュラ紀以降の海面の位置と海面上昇

1 深海掘削から推定されるジュラ紀以降の海面の位置
 ジュラ紀の海面の位置/白亜紀の海面の位置/古第三紀の海面の位置/新第三紀の海面の位置

2 地層のでき方と海面上昇
 地層はどのように形成されるか/石油探鉱による地層形成の研究/堆積シーケンスと海面変動/海面上昇曲線と隆起曲線/地球の膨張とその原因/大陸地殻と海洋地殻

第6章 陸生動物の分布と沈んだ大陸

1 生物の進化と生物地理学
 ダーウィンの進化論とウォーレスの生物地理/陸橋説と大陸移動による分断説/分岐分類学と分子系統学の発展/大陸移動説から海洋分散説へ

2 陸生動物の分子系統から見た沈んだ大陸
 初期の有胎盤類と後期白亜紀の海面上昇/オーストラリア大陸の有袋類/南極大陸はいつ孤立したか/ペンギンはなぜ北極にいない/走鳥類の進化と南極大陸/レムリア大陸とマダガスカル島のキツネザル/マダガスカル島のその他の哺乳類/ガラパゴス諸島とゾウガメ/インド洋西部の島々のゾウガメ/南アメリカ大陸とガラパゴス諸島のゾウガメ/バミューダ諸島に陸ガメがいた/大西洋を渡った新世界ザルとテンジクネズミ/新世界ザルが渡った大西洋の陸橋/カリブ海に沈んだ大陸/陸生生物の分布と沈んだ陸橋/沈んだ大陸

あとがき
引用文献
索引


まえがき

地球の歴史を過去に遡っていくと、海に沈んだ大陸が最近の海底の地質調査でたくさん発見されています。また、生物の遺伝子情報にもとづいた分子系統学により、生物の祖先の系統関係が明らかになり、それらの生物の分布から過去の大陸と海洋の分布についてさまざまな議論がなされています。本書では、最近のこれら地質学と生物学の研究から、過去に沈んだ大陸の痕跡を探してみたいと思います。

子供のころ、太平洋に沈んだ「ムー大陸」や大西洋に沈んだ「アトランティス大陸」など、大洋にあったとされる幻の大陸の話に、胸をときめかせたことを覚えています。しかし、現在では「ムー大陸」についてはその存在が否定され、「アトランティス大陸」についてはその大陸のあった場所が不明で、伝説の大陸とされています。

そのような幻や伝説の大陸とは別に、地球の歴史を過去に遡っていくと、海に沈んだ大陸が最近の海底の地質調査でたくさん発見されています。また、生物の遺伝子情報にもとづいた分子系統学により、生物の祖先の系統関係が明らかになり、それらの生物の分布から過去の大陸と海洋の分布についてさまざまな議論がなされています。本書では、最近のこれら地質学と生物学の研究から、過去に沈んだ大陸の痕跡を探してみたいと思います。

まず今から約二万年前の最終氷期のときに海面の高さは現在より一〇〇メートルほど低かったことで、世界のさまざまな場所に広い陸地があり、それがその後の海面上昇によって沈んでしまったことをお話しします。その最終氷期の海面低下でも陸でつながらなかった、北海道と本州のような島々や大陸の間では、それぞれで分布する動物や植物の種類に違いが見られます。

日本列島も含めて東南アジアや地中海などの世界の島々には、固有の珍しい陸生動物が棲んでいます。オーストラリア大陸と南アメリカ大陸になぜ有袋類がいるのか、なぜ太平洋のガラパゴス諸島とインド洋のセイシェル諸島にゾウガメがいるのか、なぜマダガスカル島にキツネザルがいるのか、なぜペンギンは南極圏の島々に分かれて棲んでいるのかなど、地球とそこに棲む生物の分布の謎はつきません。このような、生物の地理的分布の謎に迫る科学は生物地理学といいます。

私の生物地理学への興味は、私の師である星野通平先生の『毒蛇の来た道』(一九九二年、東海大学出版会)の編集を手伝わせていただいたことに始まります。生物地理学の進展については、二〇世紀初めまで、生物の分布、とくに陸生動物の分布は大陸と大陸、または島々をつなぐ陸橋によって説明されていました。しかし、その後に海底の地形が明確になったことにより、海底が相当に深いことから陸橋説が否定され、プレート・テクトニクス説による「大陸移動」分断説と、「稀有な偶然による」海洋分散説が一般化し、現在では分断説で説明できないところを動物の遊泳や筏に乗った漂流などによる海洋分散説で説明する風潮になっています。

一方最近では、進化系統学の分野で、ある生物で共通している派生形質に注目して系統を考える分岐分類学が発展し、それにつづいてとくに二〇〇〇年代からは遺伝子解析による生物の系統分岐の順序と産出化石の年代から、各系統の分岐年代の推定が盛んに行われています。それにより、生物地理学または生物進化学はこれまでの憶測をする科学から、ようやく推測する科学になってきました。しかし、生物地理学では、単にプレート・テクトニクス説による大陸移動や、海を漂流して渡ったという海洋分散説で、生物、とくに陸生動物の分布を安易に説明している傾向があります。

本書の中で私は、ジュラ紀末期以降に海面が一二キロメートル上昇したことを述べています。現在の深海底の大部分は水深五〇〇〇〜六〇〇〇メートルなので、それにより現在の深海底の一部がかつては陸地だった可能性が出てきました。この考えは、深海掘削により明らかになった浅海を示す岩石または陸上で浸食された証拠の存在などと、二〇世紀の石油地質学者が明らかにした地層形成メカニズムにより、ジュラ紀末期以降の地層の形成には相対的沈降量が一二キロメートルにおよぶことからの、私の提案です。

地球の過去の歴史は地層の記録として残されています。この地層がどのように形成されてきたかということが、地球の歴史を解き明かすための根本問題であると、私は考えます。すなわち、私は地層を形成させた地殻の相対的沈降量を海面上昇量としてとらえて、それを白亜紀以降の生物地理学に適用した作業仮説をつくり、本書でそれをみなさんに提案いたします。

生物地理学においては、「陸上に棲む淡水魚や両生類、爬虫類、哺乳類は、自ら海を渡れない」と同じ意味ですが、「陸生動物は生息環境の中を移動する」という基本的なルールを守って、生物の分布や進化を考えるべき、と私は思います。すなわち、私は陸生動物がかつて存在した大陸や陸の橋(陸橋)を渡って別の大陸や島々に分散したという考えで、動物の分布と沈んだ大陸の謎に挑みました。




にゃんこ先生の研究室

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最終更新日:2024/12/27

Masahiro Shiba