博物館資料論

柴 正博

東海大学海洋学部 博物館資料論テキスト


[. 資料の保存

1. 博物館資料の保存の基本

 博物館が所有する資料は人類共有の財産であり,その資料を探求して次世代に伝えていくことが博物館の社会的責務である(日本博物館協会,2003).

 博物館資料は,資料が将来にわたって人類とその社会に役立て活用されることを前提に保存される.資料取り扱いにおける基本は,その資料の価値を理解してはじめて,取り扱う心構えや,その価値を伝えること,そしてそれを保存して残してことができる.

 本来,博物館は資料を良好な状態で保存する「蔵」の役割が大前提にあり,その点から各博物館は保存計画と収蔵庫を持たなくてはならない.


2. 保存科学

 ものは時間とともに劣化するものであり,劣化を最小限にとどめる予防措置をとらなくてはならない.資料を展示すれば劣化させることになる.

 2-1. 劣化の原因

 光,温度,水,空気(酸素)が4大要因で,2つ以上の因子の相乗効果は大きい.
 密閉空間(光なし,温・湿度変化なし,酸素の補給なし)は,保存に最適.

1) 光
 光に含まれる紫外線は退色の原因となる.太陽光と蛍光灯は特に紫外線が強いので,紫外線吸収フィルターや退色防止蛍光灯を用いる.

 染料と顔料はともに退色するが,染料はより急激に退色する.
 →展示公開期間や資料にあたる光量と時間を制限する.

2) 温度
 高温は化学変化が起こりやすくなり酸化をうながし,老化させる.金属では錆や紙では黄化(ヤケ)など資料の劣化を促進する.低温や温度変化が大きいと堆積変化を起こし破損しやすくなる.

 一般的に保存に適した室温は,17〜20℃.
 照明光源の熱は温度を上昇させる→クルビームランプ(熱線60%カット)を使用.

3) 水
 高湿ではカビが発生し,低湿では乾燥して破損する場合がある.
 一般には保存に適した湿度は55〜65%.

4) 空気
 酸素による酸化は資料を老化させる.汚染された空気は亜硫酸ガス,硫化イオウ,などイオウ化合物や塵埃(ダニなど微生物)を含み,溶解や損傷の原因となる.

5) 塩分
 湿気を保って酸化をうながし,結晶化して破損を引き起こす.

6) ネズミや害虫
 キクイムシ,カツオブシムシ,シミ,シロアリ,ゴキブリなど→燻蒸

7) 菌
 アオカビ→殺菌(酸化エチレン,ホルマリン)

 2-2. 生物被害対策

 害虫や菌など資料の生物被害対策では,燻蒸による一斉駆除が一般的であったが,燻蒸剤の臭化メチルがオゾン層破壊物質とされ,2007年から使用禁止となった.そのため,生物対策は被害を未然に防ぐ予防対策を中心に行われる.

 防虫剤 ナフタリン 密閉できる容器で使用,1年に一度交換
 燻蒸剤 パラゾール 少量の資料に使用
   ニ硫化炭素 引火しやすく殺虫力が強い
   四塩化炭素 引火しにくく殺虫力が弱い
   クールピクリン 催眠性の毒ガス,殺虫,殺菌に用いる

 2-3. 収蔵庫

 収蔵庫は,資料を安全に,劣化を最低限にして保存でき,同時に保管管理作業がしやすく,十分な収蔵空間があることが条件である.

 異なった分野の標本では,保存管理条件が異なることから,それぞれの分野ごとにそれに適した収蔵庫が必要である.
1) 温度管理
 標準として室温20℃,湿度60%
 湿度は資料の材質ごとに適正範囲が異なる
  金属 30〜40%,紙および繊維 約40%,陶器 65〜80%,木材 55〜60%

2) 火災・地震・盗難対策
 ・消化にはスプリンクラーを使わず,炭酸ガス(結露する場合がある)かハロンガス消化を使用.
 ・防犯システムを設置し,管理する.
 ・照明は200 Luxまで.
 ・耐圧床構造.
 ・密閉構造
 ・耐震構造ないし,地震動対策を行う.

3) 作業上の考慮
 搬入・搬出の便宜 出入口の大きさ,床の連続,エレベータ
 規格されたにあった収納装置
 十分な収納空間
 資料整理空間と管理端末を配置
 将来の資料増加を予想した設計

4) 遺伝情報解析用資料の保存
 生物標本は,液浸標本ではホルマリン処理するため,また乾燥標本では温熱乾燥のため,DNAなどの分子構造が通常保存されない.今後,自然史博物館で収蔵される生物種標本に対して遺伝情報解析でのニーズが発生することが予測されるため,可能な場合標本組織の一部を99%エタノール中に凍結保存するなどの方法で系統的に試料を作成・保存することも検討する必要がある.




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最終更新日: 2010/09/30

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