柴 正博
東海大学海洋学部 博物館資料論テキスト
X. 各分野の資料収集と標本作成
1. 地質関係資料の収集と登録
1-1. 地質標本の種類と採集の留意点
地質関係の実物資料として,(1)岩石・堆積物,(2)鉱物,(3)大型化石(植物,無脊椎動物,脊椎動物など),(4)微化石(顕微鏡で観察する大きさの化石で,有孔虫や放散虫,石灰質ナンノプランクトン,珪藻,花粉など),(5) 野外現地資料(野外で観察される露頭や地形)などがある.
岩石や鉱物,大型化石などは,野外に露出するものを標本として採集するが,地質関係の資料のデータとしては採集位置が最も重要である.同じ場所で,上下の2つの地層が重なっている露頭(岩石や地層が露出する崖など)で,その上下の地層から化石を採集したとすると,それらは同地点からの採集となる.しかし,上下の2つの地層は形成された時代も環境もことなることから,採集データにその産出状況などを記載して,2つのものを区別する必要がある.
地質関係の資料には,このように採集位置と同様に採集された地層や岩体ごとの区別や,その認定が必要となり,それらの地層や岩石の性質や形成に関する野外での資料も同時に必要となる場合がある.
1-2. 調査-採集-標本化-保管
これらの標本採集のための調査を行い,収集して標本を作製し,保存するには以下の過程で行う.
(1) 既存資料調査
従来の調査報告(地質図)や他資料からのデータ抽出,および地形図または地形データの解析(地形区分図,接峰面図,線状構造図)を通して,調査地域の地形や地質の全体像を把握する.
(2) 現地調査
地層・岩体がどのように分布して,目的とする資料がどのような産出状況をしているかを調査する.地形図に地層・岩体を記し,ルートマップなどを作成する(図5-1).それらのデータをコンパイルして地質図を作成し,どのような地質で構成されているかを理解する.そして,地質学的に重要な資料を認識して資料採集計画を策定する.
(3) 資料収集
現地調査と同時に行われることもあるが,資料採集計画にのっとり資料の採集と資料の産出状況の記載を行う.採集にあたっては,露頭の写真や採集する部分の写真を撮影しておくとよい.資料は適当な大きさに整形し,資料採集番号をつけてビニール袋に入れまたは包装して研究室まで運搬する(図5-2).
(4) 標本作成
化石資料については,個体を剖出させるためのクリーニングやプレパレーションを行う.大型化石の場合,化石を強化させ乾燥からの破損を防ぐために樹脂浸透させる.浸透に用いる樹脂には,アクリル樹脂(パラロイドB72),アクリル樹脂エマルジョン(バインダー17),アルキルシリケート樹脂(OH)などがある.微化石などは,分離処理を行い,個体を抽出する.岩石についてはそのまま,または形を整え,または断面や薄片を作成する.それぞれの標本にラベルを付ける.
(5) 標本の記載と分類
標本を計測し写真撮影を行う.分類し同定して標本カードに採集データとともに記載する.
(6) 標本収納
標本は採集地ごとまたは分類ごとに整理し,コンテナなどに収納する.採集地ごとに収納する場合,資料の採集地点が詳細に記された地形図など参考資料を同じコンテナに収納しておくと,後に研究する場合に具体的な採集場所や採集層準などを確定しやすい(図5-3).
(7) 複製標本の作製
脊椎動物の骨格標本の場合,原標本をそのまま保存するため,複製標本(キャストやレプリカ)を作成して骨格組み立てに使用する.
(8) 保存
標本は,コンテナやもろ蓋などの箱状のものにどこでいつ採集したものか,また分類ことのラベルをつけて収納し,重量に耐えられる棚に整頓して配列する(図5-4).岩石や化石などの地学標本は重量があるため, 1階に収蔵庫がある方が搬出搬入の手間や床の重量を気にせず保管できる.保管に関して,植物や昆虫などの標本のように温度や湿度をそれほど気にする必要はないが,大きな温度差や湿度差が生じる環境では標本にとって好ましくない.特に補強された化石標本や微化石のプレパラート(図5-5)などでは温度と湿度管理は必要となる.また,ビニール袋などに入れられた標本では袋の劣化も考慮する必要がある.また,光による標本の変質や劣化なども他の標本と同様に考慮にいれる必要がある.なお,標本に関する地図などの資料を同じコンテナなどに収納した場合には,温度・湿度管理は必要となる.
1-2. 資料の写真撮影
標本の写真撮影には,客観的にそのものを表現するとともに,その標本の特徴をきちんと表現する必要がある.そのためには,まず標本の特徴をきちんと知らなくてはならない.そして,その特徴を写真として表現するためのテクニックを習得する必要がある.
写真は,穴やレンズを通して対象を結像させ,物体で反射した光および物体が発した光を感光剤に焼きつけ,または感光粒子に記憶させて,現像処理などをして可視化したものである.したがって,写真で最も重要なことは,表現する被写体の向きや構図と,それらの全体と各部の光の量をどのようにコントロールするかということになる.
基本的に写真の感光量は光の量(単位時間あたりの光の量×光が当たった時間)によって決まる.したがってカメラでは,感光量を絞りとシャッタースピードでコントロールする.絞りを絞り込む(閉じる)ほど同じ時間における感光量は少なくなり,暗いところではその分シャッタースピードを遅くらせて感光量を増加させなくてならない.また,高感度なフィルムなどでは弱い光でも感光するが,反面粒子が粗くなる.
特定の露出の絞り値とシャッタースピードは、さまざまな組み合わせが成立し,たとえばF 8で125分の1秒とF 4で500分の1秒では同じ量の光が得られる.同じ量の光が得られるが,どの組み合わせを選ぶかによって,写真の最終的な仕上がりにちがいが見られる.絞りの変化は被写界深度を変え,シャッタースピードは対象とカメラの動き(ぶれなど)の反映の度合いを変える.被写界深度とは,写真の焦点が合っているように見える領域の広さのことで,一般的に被写界深度は絞りを絞り込む(F値が大きい)ほど深く,すなわち焦点が合う領域は大きくなる.また,被写界深度はレンズの焦点距離が短い(広角なレンズ)ほど深くなる.
化石や岩石などの標本撮影の場合,必ず撮影台や撮影装置を用いて撮影する(図5-6).背景の布や紙の色は,標本の輪郭が明瞭になるものを選び,撮影部位が動かないように支持具や油粘土などで工夫する.照明はカラーブルーデイライトを用いるが,フィルムの場合,フィルムの種類によって光源の種類が異なるため注意する.色については,あてられた光の質によって,発色する色が変化するため,カラーチャートとともに撮影する必要がある.標本にはスケールをつけて,大きさがわかるようにする.
立体的に標本については,被写界深度を考慮して絞りを絞り込み,シャッタースピードを遅くする.また,片側からの光または反射光を利用するなど光のあて方を工夫して,影ができることによって標本の凸凹や輪郭が立体的に見えるように工夫する(図5-7).標本の影がでる場合,無反射ガラスの上に標本を乗せ,無反射ガラスを背景から距離をおくと影が写りこまない.なお,化石標本については,塩化アンモニウムなどで標本の表面を白くコーティングさせて標本表面を鮮明化するホワイトニングという方法を行って,撮影する場合がある.
2. 哺乳類の調査と標本作成
3. 昆虫の採集と標本の製作 −とくに蝶類について−
4. 植物の採集と標本の作製,管理
5. 魚類標本の採集と標本作成
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