柴 正博・石橋忠信
(東海大学社会教育センター 学芸文化室博物課 学芸員)
博物館研究 第34巻 第6号 p.5-9 日本博物館協会
1.はじめに
現在、日本の博物館3500館のうち、ホームページに登場する博物館はその半数にまでおよんでいる。しかし、それらの多くは観光施設としての博物館紹介やパンフレット的なもので、博物館独自で情報発信をしていたり管理しているホームページは少なく、さらに博物館でドメインを取得してサーバーを設置しているところは数える程度にすぎない。
本稿では、博物館におけるホームページの役割や博物館におけるホームページの現状とその問題点などを検討し、さらに筆者らが行ってきた博物館ホームページ推進研究フォーラムの目的と活動を紹介する。
2.博物館におけるホームページの役割
博物館は、ある分野の資料を研究・収集し、展示物や解説にその特徴を反映させることで、入館者の学習意識(知的好奇心)を促する研究教育機関である。そのため、博物館では従来から教育手段として[物+展示場]や[出版物]という媒体を利用している。ホームページでは[画像+インターネット]という媒体を用いるが、それを有効に利用することにより、ホームページは単なる広報媒体の枠を越えて博物館の教育活動のひとつとなり(石橋・柴,1999)、展示と同様に利用者に新しい動機付けを提供できると考えられる。
坂井(1999)は、将来の学習システムの中で博物館の果たす役割として、資料を持った博物館活動は情報化の核心的なデータベースという役割とともに、一次資料の持つ強さで高度情報化の健全な発達に重要な位置づけがなされると述べており、さらに博物館は高度情報化社会における学習素材の宝庫としている。
コンピュータ・ネットワークによる一般からの博物館利用や博物館相互のネットワーク構築について考えると、博物館はその大小にかかわらず、多くの博物館が独自に情報を整理し、ホームページなどを開設してネットワークに参加できる体制をつくる必要がある。すなわち、コンピュータ・ネットワークに参加する博物館が多くなってこそ、博物館の資料が利用しやすくなり、相互ネットワークが構築される(柴・石橋,1998b)。そのためには、各博物館が独自に収蔵資料のデータベース化やホームページの公開など、電子情報通信(テレコミュニケーション)の環境整備を進めなくてはならない。
そこで、予算の余裕のない小さな博物館でも電子メールの利用はもちろん独自にホームページを開設し、博物館のネットワーク構築に参加できる方法を検討することが、今後の博物館の活動にとって重要だと筆者らは考える。
また、この電子ネットワークという新しいメディアを利用することにより、従来の学芸活動が徐々に変化しはじめ、博物館の情報が整理される(石橋・柴,1999)。すなわち、ホームページの運用をキーワードに展示物およびそのデータを管理する学芸活動をより効率化することにより、博物館の業務や活動内容が飛躍的に進歩する可能性がある。
3.博物館ホームページの現状
1997年12月に、筆者らは静岡県の博物館142館に博物館におけるホームページに関するアンケートを行った(柴・石橋,1998a)。その結果、87館から回答(回答率61%)を得た。これをもって静岡県の博物館全体を把握できないが、無回答の博物館の多くはこの問題に無関心かまたは担当者が不在ということが考えられる。このアンケート結果で、博物館にコンピュータがある館は回答館のほぼ半数(47館)で、総数(142館)の33%であった。その用途については、多くの館(35館)で資料整理に活用されていたものの、経理事務のみに利用されている館もあった。
インターネットを利用している館ないし職員が個人的に利用している館は21館で回答館の24%(総数の15%)で、ほぼ2割弱がインターネットを利用できる環境にあった。ホームページを持っている館は16館で、回答館の18%(総数の11%)で、そのうち博物館が独自に作成して管理しているホームページをもつ博物館は11館だった。
インターネットが利用できないまたはできるまでにどのような問題があったかという問いには、コンピュータがなかったことやそれを購入する予算がなかったことが一番多く上げられていて、次にはそれを利用するための知識や技術、時間や人手がないという問題があげられている。
今後ホームページを公開する方針をもつ館は10館あり、希望をもつ館は24館、すでにもっている館と合わせれば将来ホームページをもつだろう館は50館に及んだ。また、ホームページの役割や意義については、広報・展示解説といった博物館の情報発信とともに、リファレンスという役割を重要視していることも明らかになった。
このアンケート結果は静岡県内の博物館に行ったものだが、博物館におけるコンピュータやインターネットの利用については、全国的にも同様の傾向がみられると思われる。
4.ホームページの作り方
ホームページを公開するためには何が必要なのだろうか。まず、ホームページとして表示されるHTMLファイルをコンピュータで作る必要がある。HTMLファイルは基本的にテキスト(文字)でできているので、ワープロ専用機でもつくることができる。すなわち、ワープロで作った文章があれば、それにHTMLの表現方式(タグ)を貼り込めばできあがる。最近ではワープロソフトにも作成機能がついていたり、文章を打ち込むことで簡単にできる専用ソフトも多数供給されている。
作ったHTMLファイルをホームページとしてインターネットで公開するには、電話回線ないし専用線を使ってインターネットに常時繋がったコンピュータ(インターネットサーバー)の中にそのファイルを入れておく必要がある。インターネットサーバーを博物館で持てればよいが、それができなければ関連組織やプロバイダーと呼ばれるインターネット接続業者のインターネットサーバーの中にエリアを借りて、そこに作ったHTMLファイルを転送すればできあがる(図1)。
ある博物館がホームページを持ちたいと思えば、コンピューターでデータとなるHTMLファイルをつくり、プロバイダーに加入してホームページのエリアを借り、電話回線を使ってコンピュータからファイルを転送すればよい。それにかかる費用は、コンピュータおよびモデムの購入費(15〜20万円)、プロバイダー加入料(個人ではホームページのエリアを借りるのも含め年間2〜3万円)、電話代(3分間10円)である。
5.なぜ博物館のホームページができないのか
博物館が独自に制作して管理できるホームページの開設と運用に関しては、上述のように容易にさらに安価に実現できる。それにもかかわらず、なぜ博物館独自のホームページがそれほど増えないのだろうか。それは、上のアンケート結果にもあったように、博物館にコンピュータがないことと、あってもそのコンピュータでインターネットを利用していないこと、ホームページをつくる技術や人手がないことがあげられる。さらに、コンピュータやインターネットについての理解が十分でないことと、博物館自体がコンピュータやインターネットを必要としていないことがあげられる。
コンピュータは今や単なる計算機ではなく、電話やファックスと同様の通信機器である。現在、電話やファックスを持たない博物館がないのと同様に、近い将来インターネットに接続できるコンピュータを持たない博物館はなくなるだろう。同様に、現在ほとんどの家庭に電話があるように、家庭にもインターネットに接続できるコンピュータは急速に普及すると思われる。
インターネットの普及は、単に情報伝達の手段がひとつ増えたということにとどまらず、社会や組織の構造まで変えてしまう大きな変化の始まりである。その近い将来の新しい社会構造の必須アイテムであるコンピュータは、すでに社会的にも個人にも必要な存在となっている。
地方自治体の多くの博物館では、ホームページを作りたいが上部組織がホームページを作成・管理しているため、博物館が独自にホームページをつくれないという場合がある。また、インターネットのインタラクティブ(双方向性および随時性)な面を考えると、著作権も含む博物館側から提供する情報の許諾範囲の問題があり、ホームページを独自に自由につくることができないという場合もある。
インターネットは、もともと上部組織が中央集権的につくったネットワークではなく、個々が通信回線で繋がって自然発生的にネットワークができたものである。そのため、基本的に上部や中央の組織からの管理にはそぐわない歴史的性格を持っている。ホームページを公開する個人や組織は、その個人や組織の責任において自由にホームページを運営しているため、ある部署の許諾責任をその上部部署が管理するとなれば、その動きは鈍くならざるをえない。したがって、小回りのきく個人や組織のホームページに魅力的な内容のものが多く、大きな組織のホームページに魅力的な内容が少ないという傾向が現れる。
このような上部組織管理型の博物館においては、上部組織に対して十分な理解を得るよう努力して、博物館独自のホームページを運用している例もあるが、多くは理解が得られず諦めてしまっている。ただし中には、博物館の学芸員が独自にプロバイダーを使って私的に博物館のホームページを公開している例がある。これらの私的な博物館ホームページは利用者に人気があり、博物館や上部組織もしかたなく『公認私設博物館ホームページ』として認める場合もある。たとえば、東京都埋蔵文化財センター公認私設ページ(http://www5.big.or.jp/~tomaibun/Thinking.html)などはその一例である。
筆者らは、このようなホームページの現状の中に、日本の博物館の多くが従属的な存在であることを垣間見る思いがする。すなわち、博物館はそれぞれが独立した機関であるべきにもかかわらず、日本ではある組織の付属施設ないし従属的な機関にすぎないということが、ホームページでの情報発信という活動においても大きな問題として現れている。
6.博物館ホームページ推進研究フォーラムの活動
筆者らが博物館のホームページとかかわりをもったのは、家庭でもホームページを見ることができるようになった1995年頃だった。仕事がら世界のいろいろな博物館のホームページを見て、このメディアは博物館での教育活動に利用できると確信した。翌年の1996年、筆者らはさっそく自分たちの職場である東海大学社会教育センターの博物館(海洋科学博物館、人体科学博物館、自然史博物館)のホームページ(http://www.scc.u-tokai.ac.jp/sectu/welcome.html)をつくりはじめた(柴・石橋,1997)。
この経験と多くの博物館にホームページがあれば利用者にとって有効であり、博物館相互のネットワーク構築にも繋がるという意味で、個人的に1997年4月から「博物館にホームページを!」という活動を開始した。
この活動ではまず、「博物館にホームページを!」というホームページを開設し、このテーマについて関心のある人たちといろいろと議論をするためにメーリングリスト(MML: Museum Mailing List)を開設した。メーリングリストとはそれに登録した人がそこにメールを出すと、登録されたすべての人にメールが届くというもので、登録された人の間での情報交換や簡易的な討論もできるシステムである。このMMLには全国の博物館の学芸員や博物館に関心のある多くの人々が参加され、参加者が最大のころで150人を越え、これまでに配信されたメールは2000通以上に及んでいる。
また、博物館研究の基礎データとして、全国の博物館3500館の『博物館住所録データ』をデータベースとして作成し、それをホームページ上で公開した。そしてそのデータをもとに、全国の博物館のうちどれだけの数の博物館がホームページをもつか、他のリンク集や検索エンジンにあたって調査し(柴・石橋,1998a)、その結果もリンク集として公開した。1998年3月に、MML参加者による第1回の研究会を開催した際に、MMLでの議論を発展させていくための組織として博物館ホームページ推進研究フォーラムを設けた。
1998年5月に静岡県博物館協会の中にインターネット活用研究会を設け、事務局のある静岡県立美術館内にインターネット活用研究会および博物館ホームページ推進研究フォーラムの実験サーバー(lemon)を設置した。筆者らは、博物館でホームページやインターネットを今後どのように利用していけばよいか、このメディアを使って博物館にとってどのようなことができるかを検討するために、このサーバーを利用して以下のような実験を開始した。
まず、博物館データ間の横断検索の実験(http://www2.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/exp/search/)を行った。これは複数の博物館のホームページ上にあるデータの検索ができるシステムであり、徳島県立博物館の小川 誠氏が作成した。また、特別展・企画展情報をメールで配布するCGIによるメールサービス(http://www2.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/exp/infocast/cst_info/spool/smml/)を作成した。さらに、メールからHTMLファイル(ホームページ)を自動作成するプログラムの制作とその検索プログラムの実験、さらに『博物館住所録データ』をもとに実験サーバー上にSQLデータベースを構築し、Webブラウザを利用してアクセスして博物館住所を検索する実験(http://www2.spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/exp/dbms/museum/search_muse.html)を行った。
これらの実験は、博物館におけるホームページの作成や管理、メールの利用やメーリングリストの活用、さらにメールやテキスト(文章)からのHTML自動変換によるホームページの更新と検索への活用、データベースの作成とWebブラウザによる遠隔更新、ホームページからのデータ検索利用といったものである。これらは、FreeBSD上で動作するフリーウェアのみを利用して筆者のひとり石橋が設置・運用した(図2)。
この実験サーバーがあれば、博物館でテキストやメールからホームページが自動生成され、それをすぐに検索して利用することができる。たとえインターネットに接続していなくても、博物館内だけのイントラネットとして博物館資料の整理と管理、資料検索、学芸員同士の情報交換や研究ツールとして利用できる。もちろんインターネットサーバーとして利用すれば、それに加えて、一般の利用者が博物館資料を閲覧したり検索したりすることができ、利用者の質問に対しての対応やメーリングリストの活用、さらにそれらのメールをHTMLに自動変換して情報データとして蓄積し再利用することも可能である。
どこの博物館でも、サーバーとして利用できるコンピュータさえあれば、この実験サーバー(lemon)のプログラムをインストールし、設定値やHTMLファイルをテンプレートとして細部の設定を書き換える作業だけで、これらの機能がすぐに利用できる。そのため、博物館ホームページ推進研究フォーラムでは、このサーバーを他の博物館でも簡単に利用できるように、希望する博物館への配布方法や利用・管理体制などについてひきつづき検討することにしている。
7.おわりに
ある目的のために「もの」を研究・収集し、保管・収蔵して、その成果を使って教育・普及するという博物館の機能を考えれば、その仕事やデータ全体をデジタル情報という形で残し、ひとつの情報の流れ(系)の中で館内および館外の人にも利用できるようにすることは、博物館の最も重要な仕事である(柴・石橋,1998a)。この重要な仕事は学芸員が中心となってそのシステムを構築するべきであり、ホームページを導入するにあたり、それぞれの博物館における情報管理環境の向上や新しい博物館の活動と組織について十分に検討されるべきであると考える。
博物館ホームページ推進研究フォーラムでは、ひとつでも多くの博物館がホームページを開設して、それらが将来の博物館ネットワークを担うものとして機能するような道筋を、今後とも研究していきたいと考えている。
博物館ホームページ推進研究フォーラムは、現在、ホームページ(http://www2.spoma.shizuoka.shizuoka.jp/~museum/)とMML(Museum Mailing List)を運用している。MMLへの参加申し込みは、museum-ml@lemon.spmoa.shizuoka.shizuoka.jpへメールを送信して、返事にしたがい自己紹介をしていただくというやり方で登録される。
本研究の一部は、笹川科学研究助成(1997年度)と文部省の「学芸員の資質向上の方策に関する研究(1997-1998年度)」の研究費を使用して行った。
なお、博物館ホームページ推進研究フォーラムに参加している全国の博物館関係者にはMMLおよび研究集会でいろいろと討論またはご教授をいただいた。また、日本博物館協会の五十嵐耕一専務理事には本研究について御支援をいただいた。これらの方々に感謝する。
引用文献
石橋忠信・柴 正博(1999)博物館におけるホームページの役割.海・人・自然(東海大学博物館研究報告),1,81-95,東海大学社会教育センター
坂井知志(1999)情報化社会と博物館.博物館研究,34巻2号,18-22
柴 正博・石橋忠信(1997)東海大学社会教育センターにおけるホームページの開設.静岡県博物館協会研究紀要,20,51-60,静岡県博物館協会
柴 正博・石橋忠信(1998a)博物館におけるホームページの活用と展開.静岡県博物館協会研究紀要,21,11-21.静岡県博物館協会
柴 正博・石橋忠信(1998b)博物館のデジタル情報とインターネット利用.地学雑誌,107,809-816,東京地学協会
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