嵐を呼ぶ男 

 地質調査所から、トゥメンバイヤーの家に帰り、空港に行くまでの時間、お茶などをいただきながらのんびりと過ごすことにした。その間に、トゥメンバイヤーが空港に電話していたが、困った顔で、
 「この雪で、中国航空の飛行機がまだウランバートルに到着していない。そのため、出発時刻が決まらないらしい。」
 と、言う。

 坂巻さんも、大雪の時には中国航空は慎重になり、飛行機が北京から飛んでこない場合がある、と言っていた。どちらにしても、飛行機が来なければ、飛行機に乗ることもできない。窓の外では、雪が降りやまず深々と降っている。

 空港への連絡をとりながら、トゥメンバイヤーの家で待つことにしたが、すでに予定の出発時刻の正午になった。奥さんが気をきかせて、簡単な食事の用意をしてくれた。トゥメンバイヤーがビールを出してくれて、食事などしながら、私たちも気長に待つことにした。

 あわてても、飛行機が来なければ帰れない。まあ、一日二日帰るのが遅れても、日本に帰れないわけでもないだろう。少々休暇が延びるだけで、職場には迷惑をかけるが、歩いて帰れることもできないと、ビールが入ったせいか、気が大きくなった。

 今回の旅でいっしょだった井上くんは、「嵐を呼ぶ男」という異名がある。なぜかというと、彼の参加した地質調査や博物館のサマースクールでは、私たちはしばしば台風と遭遇したからである。とくにサマースクールは今まで10数回行っていたが、彼の参加した3回だけがどういうわけか台風の直撃をうけたのである。

 とはいうものの、私は今回のゴビの旅で嵐との遭遇を期待、いや心配していたわけではなかった。昨日までのこの旅で、北京で雷にあったことと青い湖のそばで小さな竜巻は見た以外、嵐のない順調な天候に感謝していた。したがって、今日の大雪も別に井上くんのせいではなく、モンゴルの気候のなせる業と確信しているが、やはり彼は私にとって「嵐を呼ぶ男」なのかもしれないと、そのとき少し思いはじめてもいた。

 トゥメンバイヤーが「ジュラシック・パーク」のビデオをかけてくれた。私たちが、「ジュラシック・パーク」のビデオに熱中しはじめた午後1時45分、空港に連絡したところ、中国航空の飛行機が2時すぎに空港に到着するということがわかった。これで、日本に帰れる。しかし、飛行機の到着が遅れた分、出発も早まったと言う。

 トゥメンバイヤーもあわてているので、のんびりしていた私たちもあわてて、彼の家族にゆっくりと別れを告げる暇もなく、私たちは空港に向かって彼の家を飛び出した。

 雪の吹雪く道を、猛スピードで空港に向かった。20分ほどで空港には着いた。空港ではなんと、サンペルガバさんが私たちを待っていてくれた。そして、別れに私に一枚の記念プレートをプレゼントしてくれた。私はそれをコートのポケットにねじこんで、トゥメンバイヤーにあわただしくお礼と別れを告げ、私たちは走りだした。

 私たちはほとんど最後の乗客だったようで、税関を通過して待合室に滑り込んだ。待合室前の金属探知器では、コートのポケットにねじこんだサンペルガバからもらった記念プレートに金属探知器が反応して、所持品検査などあってごたついたが、なんとか私たち4人は無事に北京行きのジェット機の前までたどりついた。

 私たちは雪の中をジェット機に乗り込んだ。雪にけむる空港ビルの上にはトゥメンバイヤーたちが手を振っていた。私たちを乗せたジェット機は、午後5時半に雪の空港から北京に向かって飛び立った。

 北京までのフライトは、まるで天上から地上に舞い降りるような気分である。機はすぐに雲の中に入り、行きのように砂漠や山々を眼下に見ることができなかった。

 隣に座った井上くんが、この旅で彼が涙を流した3つの感動場面のことを話してくれた。その第一は、アウグウラン・ツァフへ車で向かう時で、山の斜面を走りながら、これから恐竜化石の宝庫に行くんだ、という感激が込み上げてきたと言う。

 次の場面は、南ゴビの人たちとの別れの時に、仲良しになったオユンちゃんがタッタッタと走り去ってしまい、もう会えないのかなと寂しく思っていると、彼へのプレゼントのハンカチを握り締めて駆け戻ってきてくれた時。

 最後はやはり、炎の崖で、朝、ひとりで崖をみつめ、ある歌を歌いながら、涙したという。その歌が何だったかは秘密だそうだ。

 今回の旅で、各人がそれぞれ、いろいろな体験をした。私もまた新たな発見やゴビの人との絆を強くした。私は目をつぶり、今回の旅の出来事をゆっくりと回想した。

 北京には2時間後に着いた。そこは湿った真夏だった。雪国から降り立った私たちにとってそこはまったくの別世界だった。天から地へ、静寂から雑踏へ、冬から真夏へ、そして私たちの時間は再び動きだした。

 北京空港では、時折しも日本列島に台風が向かっているという情報を知り、明日無事に日本に帰り着くことを願った。
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  1. 大雪
  2. モンゴルの現実
  3. 嵐を呼ぶ男

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