玄武岩時代
 地質学の諸カテゴリー 

The Basaltic Stage
Basic Concepts of Geological Science

English abstract

星野通平
東海大学出版会 1993年9月

cover of this book
 本書は,私の海水準変動仮説を芯に,おもに陸域の地質現象を対象にして,地質学の基本概念のいくつかについての検討結果を取りまとめたものである。

 私は前著(海洋地質学,地学団体研究会刊,1983)で,海域の地質学についての,私なりの研究結果をとりまとめて発表した。しかし,近代地質学の100年あまりの歴史をみれば,地質学のカテゴリーは,陸域の地質の研究成果をもとに樹立されたものである。したがって,地質学のカテゴリーを検討しようとするなら,陸域の地質現象を抜きにしてこれを語ることはできない。

 私はかねてから,地質学の諸カテゴリーの内容は極めてあいまいなものである,と考えている。例えば,造山運動とは地形的な山脈をつくる運動ではない,といったことや,地層の厚さは,地殻の沈降量を示すといったことなどである。では,山は,高原はなぜ高いのか,地球上の各地でみられる,10,000mをはるかに超える地層の厚さは,真実,地穀の沈降量に対応するものなのか。現在の地質学は,これらの問いに明確な答えをもっていない。隆起・沈降は,地質学の根本観念でありながら,地質学界の内外の人びとを納得させる説明がないのである。

 私は,膨張の傾向にある地球では,内部物質の排出がない限り,地表の陥投・沈降はおこりえない,と考えている。火山活動によるカルデラの形成や,圧密による地盤沈下などが,陥没・沈降のわずかな例である。絶対的な地表の陥没・沈降(地球の収縮)は起こりえず,多くの場合,沈降とは,周囲にくらべて隆起量の小さいことであり,海水準上昇にカモフラージュされた偽りの姿である。

 地表の隆起・沈降は,究極的には海面の位置(海水準)を規準にして判定される。海面は,侵食基準面(erosion base)でもある。多くの地質家の間には,現世の地表の隆起・沈降だけでなく,地質時代の地殻の隆起・沈降,あるいは侵食基準面についても,現在の海水準を規準にして判断する,という習慣が根強くひろまっている。

 海水準については,二通りの見方ができる,と私は考えている。一つは,現在の地球上のあらゆる場所の高さ深さの規準面,つまり不動面としての海面の意義である。このことは,土木・建設の基礎となる測量学において実証されている。第二は,地質時代の気候の変化,地穀の変動に対応した海水準,つまり変動の指標としての海水準の意義である。地質時代を通じて海水量ははぼ一定であった。海底の堆積物の集積と,地球内部から大洋底に溢れでた玄武岩層との上げ底作用のために,海面は上昇し,このことは玄武岩時代(中生代・新生代)においてとくに顕著であった。これが私の仮説の内容である。

 そして,玄武岩時代の海水準上昇と地表の隆起は,まったく同じ原因によるものである。海水層の下に挿入された玄武岩層は海面を上昇させ,海水と姉妹関係にある酸性大陸地穀に挿入された玄武岩層は,地表を隆起させて山脈や高原を形成したのである。中生代・新生代のあらゆる地質現象の駆動力は玄武岩質マグマであり,玄武岩質マグマの活動の盛衰は,無機の地球上に分布する生物の進化に,多大の影響を与えた。本書の書名はこのようなことに由来している。海水準変動を理解しない限り,地質学の真の理解はありえない,と私は信じている。

 本書の内容は,わが国から遠く離れた大陸域の地質について,多くの地質家が発表した文献を漁って取りまとめたものである。しかし,そこに述べられていた地質現象についての私の解釈は,原著者の考えと異ることがしばしばであった。このような勉強の仕方のために,重要な文献を見落していたり,内容を誤解している場合もあろうかと怖れている。これらの点について,読者の方がたの御教示をいただければ幸甚である。

 また,本書で取りあつかった課題は,地質学の広い範囲におよび,私の理解のおよばない点も多かった。また私は,卒業以来地質学を専門とする職場・教室に籍をおいたことはなく,本書の内容はほとんど独習によるものである。このようなことのために,用語の問題をはじめ,多くの誤りをおかしているのではないか,と心配している。これらの点については,読者の御寛恕を乞う次第である。

 謝辞:本書の刊行にあたり,研究者としての生き方を啓示していただいた故吉田一穂氏,研究の方法を導いていただいた井尻正二の両氏に心からお礼申し上げます。また,私の研究生活の道程でいろいろとお世話になった,故須田ユ次・故湊正雄・杉山隆二・牛来正夫・舟橋三男・大森昌衛・吉田 尚・竃義夫・押手 敬・武田祐幸・新堀友行・柴崎達雄・A.J.Smithの諸氏に厚くお礼申し上げます。 佐藤 武・花田正明氏をはじめとする図表の製作や整理を手伝ってくれた卒業生,さらには,型通りでない私の投業に辛抱づよく付合ってくれた,東海大学海洋資源学科の多くの卒業生に感謝します。

 学問の歴史は,多くの先人の業績の積み重ねです。私は,本書に利用した文献の著者の方がたに,心からの敬意と感謝を捧げます。なお,紙数の都合もあって,周知の文献については,文献リストから除外したものがあります。

 最後になりましたが,本書の刊行に御尽力をいただいた中陣隆夫氏をはじめとする東海大学出版会の皆様に深謝致します。


                                      1991年8月8目
                                        星野通平

    (本書の「まえがき」より)


2001/10/02

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