博物館資料論

柴 正博

東海大学海洋学部 博物館資料論テキスト


V. 資料の調査研究

1. 博物館における研究

 倉田・矢島(1997)によれば,博物館における研究には (1) 博物館資料の研究(専門分野の研究),(2) 博物館および教育学的研究,(3) 資料保存の研究の3つがあるという.ここでは,博物館における研究としてもっとも重要な(1) の博物館資料の研究(専門分野の研究)について述べる.

 布谷(1997)は,「博物館の研究調査は博物館活動の基本であり,自らが研究成果をもつことで人が集い,情報を発信することもできる」と述べている.また,千地(1978)は,「博物館の調査研究の副産物として資料が収集され,その結果さらに次の段階の資料収集に引き継がれる」と述べている.すなわち,博物館はある研究対象(モノ)についての研究を中心に,その資料を収集・保管し,それをもとに教育・展示を行う複合機関であるため,研究は博物館が成立するための必要条件である.

 自然史博物館の場合,地球環境の把握に研究対象の分類学的研究や生態学的研究などが基礎となり,これらの学問の存続と後継者の育成のためにも,研究と特に専門研究者の養成教育が博物館では必要となる.

 博物館は,それぞれ独自の収集方針をもって特徴あるコレクションをつくりあげる使命を持っている.真鍋ほか(1998)は,「日本は個性のない博物館が全国にあふれ,博物館はみな同じ目的のために機能している部分が多く,せっかくの多様性が活かされていない」と述べている.博物館は,その博物館としてできること,しなくてはならない目的をきちんと掲げ,博物館の個性をその存在意義として明確にもつべきである.そして,そのための組織や機能,それに専門分野とその人材,すなわちソフトの検討が充分に行われるべきである.

 博物館の研究テーマとその研究計画は,その存在意義にかかわる核心である.したがって,その研究すべきテーマをより明確にすべきで,それはその博物館の学芸員全員で検討し決定するべきである.その際に, (1) 博物館の設置目的,(2) 地域的な特性や社会的要請,(3) 学芸員の専門分野,(4) 組織的な条件などを留意すべきである.

 自然史博物館の研究方法と対象について,柴田ほか(1973)によれば,まず地域全体の自然,動・植物,地学分野にわたる大まかな自然の特徴を知るための定性的な調査を行い,つづいて定量的調査を行い,それを基礎として質的特性を把握し時間的変遷を追跡するべきであると述べている.また,調査対象として,地域のその生活と一番かかわりのある身近に普通にあるものの,その存在意義や価値付けを考えるべきとしている.


2. 学芸員の研究と役割
 
 いくつかの例外を除き,わが国の学芸員のほとんどは社会的に『研究者』と認められていない.わが国での研究者の定義は,研究を実践している人ではなく,指定学術研究機関に勤務し奨励研究を除く科学研究費補助金を受けられる(研究者番号をもつ)人のことを言う.したがって,学術研究機関として指定されている一部の博物館を除く博物館の学芸員は,わが国では研究者とは呼ばれない.

 したがって,わが国の学芸員の多くは,「博物館の中で研究することさえあるうしろめたさをもって行っている」(岡田,1998).しかし,博物館は本来研究機関であり,大石ほか(1998)が述べているように,学芸員こそが博物館資料の『ヘビーユーザー』に他ならない.そして,学芸員は博物館において知的資産を創造し,それを加工して社会に還元する立場にある.そのためには,博物館での学芸員の研究活動が補償されるように,博物館業務の分業体制や学芸員の研究体制の整備が必要である.

 博物館の研究体制の整備については,学芸員自身が研究や条件獲得に努力することはもちろんであるが,まず研究が博物館活動の基礎にあるということを学芸員同士および博物館職員の共通認識として持つことが重要である.つぎに,博物館の研究目的を明確化し,具体的な研究テーマを決定して,研究活動を博物館活動の中心に位置付けなければならない.

 学芸員自身の個人研究について,千地(1978)は,「研究という行為は人間の高度な精神活動であることから,そのテーマの選択は本来だれにも強制されず学芸員自身の自由な意思で決定されるべきである」と述べたが,つづけての以下のことを記している.

 (1) 自己の調査研究のテーマをその博物館の目的にそったものにするよう努力する.
 (2) その成果を博物館資料として残す.
 (3) その成果を展示や出版,教育活動を通じて地域住民に返す.
 (4) その過程の中でさらに新しい調査研究のテーマを見出し,博物館活動の質を高める.
 (5) その発展過程で,博物館への協力者(専門家)や地域住民の参加を求めていく.
 
 すなわち,学芸員の個人研究は,専門分野における力量を高め,博物館活動の質を高めるものであり, 学芸員同士による研究発表や相互討論を通じて,できるだけ博物館の研究活動の中に個人研究を位置付けることが必要である.そして,学芸員の研究テーマは,地域の特徴を活かした地元に密着した地域課題をテーマに研究を進めるべきである.ローカルな研究なくしてグローバルな研究はなく,また反対にグローバルな見識なくしてローカルな研究の発展はない.

 博物館における研究体制の特徴として,チーム研究や機関研究がある.博物館では,学芸員同士または外部研究者も含めてある研究テーマでチームをつくり研究を行うことがある.そのような場合,チームとしてひとつの研究室を確保することにより,より効果的な研究活動がはかれる(千地,1998).

 現実として博物館に充分な数の学芸員がいない場合が多く,このような場合に外部の他機関や他の研究者,アマチュアとの形をこだわらない共同研究を行う体制をとるべき(糸魚川,1993)であり,そのような研究体制をとることができるのが,博物館の研究でもある.

 博物館では,博物館がその設置目的のために必要と考えて,その博物館の組織を動員して行う調査研究があり,これを『機関研究』と呼ぶ.例えば,栃木県立博物館の機関研究として,県内を数地域に分けた各地域での総合調査がこれにあたる.これはひとつの地域について3〜4年かけて調査を行い報告書にまとめるもので,調査研究については学芸員以外に調査研究協力員制度を設けて外部のアマチュアや研究者を加えて行われている(青島,1991).

 地域の自然環境の姿や仕組みについての研究は,ひとつの機関や個人でできる仕事ではなく,地域の人々の協力や研究への参加が必要である.博物館の調査研究活動に関しては,大学の研究者や学生だけでなく,地域の人々も含めた活動を展開できるのが博物館の特徴でもある.そのために,博物館ではこれらの研究とともに,その成果を博物館の研究報告や普及誌などで公表し,さらに展示や教育活動を行う中から多くの協力者を得る必要がある.そして,博物館を地域の人々に開かれた研究・教育の場として提供し,さらに活動の展開をはかるべきである.

 地域の人たちが協力者として参加するこのような研究会の活動では,学芸員は専門研究者であることはもちろん,調査研究のリーダーとして研究会のまとめ役であり,スタッフ養成の教育者としの役割がある(柴,2001).また,施設としての博物館は研究会の活動拠点となる.

 このような参加型の研究活動の例として,神奈川県立博物館が中心になって市民参加で行われた『神奈川県植物誌』の編纂(大場,1987),横須賀市立自然博物館が行った『三浦半島活断層研究会』の活動(蟹江,1998),川崎市青少年科学館の市民による専門研究グループにより行われた『地域自然環境調査』(川崎市青少年科学館,1994)などがあげられる.

 滋賀県立琵琶湖博物館では,博物館を地域の情報をもった人が集い情報を相互に提供することで新たなネットワークをつくるような双方向の交流の場と位置付け,研究分野でも学芸員の専門研究のほかに県内の多くの市民がかかわるいくつかのテーマの研究会をつくり,ユニークな調査研究が実施されている(布谷,1997).

 博物館,特に自然史博物館は,地域の人々にとっての自然に関する研究・収蔵・教育機関である.研究者や地域の人々もまきこんだ立体的,地域を越えたグローバルな発展が期待される.学芸員は自然の「モノ」の専門家(研究者)であることはもちろん,教育者であり,市民とともに行う研究活動のリーダーやマネージャーでなくてはならない.

 佐久間(2010)は,「地域の人々自らが地域の自然を見つめることは,これからの生物多様性管理の上で重要で,自然の情報拠点である博物館は,発信するだけでなく『市民科学者』を育成し,それらの人々が集まり交流する場でもある」と述べている.また,博物館は「研究の経済的な価値や成果論文数を示して研究機関の価値を市民に対して説明することも必要だが,博物館の学芸員としては自然科学リテラシーの高い市民を養成することこそが,市民と科学者をつなぎ相互に理解を築く道ではないか」と述べ,研究パートナーとしての市民の研究の動機になるような面白い研究をしていくことの必要性を強調した.

 博物館のいくつかでは,学生や外来研究者や地域の研究協力者,博物館退職者のための研究室が充分ではないが備えられているところがある.博物館の研究活動では多くの研究者や研究協力者の協力を必要としていることから,このような研究のためのスペースや研究体制,それとそれにかかわる学芸員の人員配置をさらに充実させる必要がある.



3. 研究ネットワーク

 博物館はその研究活動に個性を打ち出すことが必要であるが,博物館が専門分野を限ればひとつの博物館ですべての分野をカバーすることは不可能となる.また,わが国の博物館は地方公共団体や学校法人,宗教法人,企業などが設置したものがほとんどで,組織的および経済的に独立した博物館はほとんどない.そのため,博物館の活動や人事などはその上部組織の決済に委ねられていて,博物館独自ですべてを決定できない.また,博物館自体が組織の中の縦割りの部分に所属しているため,他の博物館と行政や組織の枠を超えた共同活動や人事交流などが行いにくい状況がある.

 全国的な博物館の協会として,財団法人日本博物館協会があり,自然史および科学博物館の連合組織として全国科学博物館協議会がある.同様に動物園・水族館が加盟する日本動物園水族館協会もある.しかし,博物館同士がもっと連携した相互に協力し合える地域的,または専門性の共通し連携した博物館ネットワークがあるべきで,そのようなネットワークによって専門分野の限られた博物館同士が補完しあい,総合的な博物館活動を展開して多用な社会的ニーズに答えることができると考える.

 松岡(1991)は,自然史博物館に関する博物館の共通の問題,特に資料の保管と情報システム,地方自然誌研究,特別企画展について共同で行うための行政の枠を超えた自然史博物館ネットワークの必要を述べた.そして,その考えの一部は現在の地質・古生物学関係の学芸員による『博物館ネットワーク』の基礎を築いた.

 遠距離に離れた博物館同士が連携して同じ活動を行うことは,今までほとんど考えられていなかった.しかし,最近では「西日本自然史系博物館ネットワーク」のようにインターネットを利用した博物館ネットワークが登場した.西日本自然史系博物館ネットワークは,近畿から北九州におよぶ範囲にある自然史博物館または博物館の自然史系部門がネットワークに参加しているもので,学芸員同士の意見・知識・情報の交換,博物館運営の知識・情報の交換,研究者の育成・援助,広範囲での調査協力,「環せとうちいきものマップ」の作成などインターネットを利用して行っている.特に,「環せとうちいきものマップ」では,この地域に分布する生物の研究資料のデータベース化を行い,情報検索や情報交換.さらに博物館利用者への情報発信や交流サービスを行っている.これを可能にしたのは,学芸員の専門分野とインターネットに関するスキルの向上により,彼らが取り組んだ館内の情報システム整備による.

 現在,地球規模生物多様性情報機構(GBIF:Global Biodiversity Information Facility)による世界中の生物標本のデータベース登録が行われている.GBIFは,生物多様性の持続的利用を目的に設立され,生物多様性に関するデータを各国・各機関で分散的に収集し,ネットワークを通じて情報を共有利用するための国際協力による科学プロジェクトである.わが国でも,外務省が事務局となり,文部科学省,環境省,農林水産省などの省庁が参加した「GBIF関係省庁連絡会議」があり,実行上は文部科学省が中心となり,科学技術振興機構(JST)に「GBIF技術専門委員会」が設置されている.

 2004年度から国立遺伝学研究所(遺伝研)が日本のGBIF用の結節点(ノード)を運用管理しているが,遺伝研だけでは大学はもとより自然史系博物館の所蔵する自然史標本データのGBIF用データへの変換と提供に限界があることから,国立科学博物館が主に自然史系博物館の電子データ化された標本資料の収集と横断検索システムを整備している.この自然史検索システムは,日本全国の博物館や大学などの自然史標本データを横断的に検索するシステムで,各館の標本データを標準フォーマットに変換して公開するものである.この国立科学博物館が主体のプロジェクトに西日本自然史系博物館ネットワークの成果が生かされ,標本データの共通データ化が行われ,それらは日本語自然史検索システムのデータとして,さらにGBIFデータとして国際的に提供され発信されている.

 今後,自然史博物館同士が連携した相互に協力し合える地域的,さらには全国的な組織がつくられるべきであり,また学芸員同士も同じ専門分野や特定の研究テーマなどで積極的にネットワークを組むべきである.そして,その全国の自然史博物館が参加する組織やネットワークでは,全国的な視野に立った共同研究や総合研究,人事交流などが組織的に行われ,日本における自然史博物館の発展をめざした活動が行われることを期待したい.




4. 私の博物館における研究

 私の勤務する東海大学社会教育センターには,自然史博物館と海洋科学博物館があり,私はおもに自然史博物館担当の学芸員として活動を行ってきた.この自然史博物館は,元ソビエト科学アカデミーの恐竜化石標本のレプリカを中心に地球と生命の歴史を普及する展示館で,地域的に駿河湾とその周辺に位置し,担当学芸員が地質・古生物を専門とする私ひとりということもあり,展示・教育および研究・収集の範囲を地質や化石に限っている.

 これまでの私の研究を振り返ってみると,私の地質学的な研究テーマは中生代から現在に至る地層の形成と海水準の変動と古生物の進化ということになるかもしれない,特に陸上においては駿河湾を中心 とする地域をフィールドとして新第三紀以降の地層の形成とこの地域および日本列島の構造発達史をメインテーマとしてきた.私の研究には,博物館学的な研究も含め,具体的には以下に述べる7つのテーマがあり,(2)〜(4)は新第三紀以降の構造発達史に係わる研究である.(6)〜(7)は博物館に係わる研究である.私の研究テーマの変遷と論文発表数などを時系列に示したものを図3-1に示す.



(1) ギュヨー(平頂海山)のサンゴ礁化石と海水準変動の研究

  北太平洋の海底に200以上もある頂上が平らな海山(ギュヨー)があり,そのいくつかの山頂から白亜紀中期のサンゴ礁の化石が採取されている.それらの化石を軟体動物化石と石灰岩の岩相解析を用いて記載しサンゴ礁の時代と環境を明らかにして,なぜギュヨーが白亜紀中期以降沈水したかということを海水準変動の考え方を考察に加えて研究している.この研究は卒業研究(1975年)では第一鹿島海山の資料で行い,修士の研究は小笠原海台矢部海山の資料で行った.そして,1988年に第一鹿島海山をテーマに博士研究としてまとめ,自然史博物館研究報告として提出した.

(2) 南部フォッサマグナの地形地質形成と地質構造の研究

  静岡市周辺の山地から富士川中流域にかけての山地は,南部フォッサマグナ地域南西部にあたり,主に新第三紀の地層が広く分布する.この地域,特に静岡市清水区地域を中心に,学生の頃(1973年)から主に1990年まで学生たちとともに団体研究による地質調査を行っていくつかの論文にまとめ,1991年にその総括論文を発表した.

(3) 御前崎-掛川地域の地形地層形成と地質時代の研究

  御前崎から掛川市,および袋井市にかけての丘陵地域に新第三紀から第四紀の地層が分布し,1991年から現在まで卒業研究を中心に地質調査を行い,微化石や火山灰層による地質層序と地質時代の決定により,堆積シーケンス層序と海水準変動を明らかにしている.掛川地域での地層や化石の調査をもとに博物館におけるサマースクールや化石クリーニングなど教育活動や「鯨類化石発掘」など調査・収集活動を発展させている.

(4) 駿河湾と周辺地域の地形地質形成史と海水準変動の研究

  南部フォッサマグナ地域および御前崎-掛川地域の成果から,駿河湾の形成や新第三紀以降の海水準変化と地形形成について研究を進めている.特に2005年以降,掛川地域の地層と化石から層序と地質時代および堆積シーケンスが明らかになり,南部フォッサマグナ地域との対比や両地域の構造発達,および駿河湾の形成,さらに日本列島の新第三紀以降の地層形成と地形発達史を研究している.

(5) モンゴルの地質と恐竜化石の研究

  自然史博物館の展示物がモンゴルゴビ地域の恐竜化石ということもあり,1989年にモンゴルを訪れて以来モンゴルの恐竜化石について情報を得て,1994年にはゴビ地域を3週間かけて調査し,恐竜化石とその産出地と地層について具体的な情報を得た.その後は私費で引き続きゴビを訪れ,2002年までに8回モンゴルで恐竜化石とその産出する地層の調査を行った.

6) 博物館の情報およびホームページ研究

  博物館の機能や研究活動,および博物館のホームページやデジタル情報の活用について,1996年から全国の学芸員や関係者とともにインターネットを利用した研究グループ(博物館ホームページフォーラムまたはMML: Museum Mailing List)を主催して,シンポジウムなどを開催して研究を行ってきた.

7) 県立博物館設置推進と資料登録に関する研究

 静岡県に県立博物館がないことから,静岡県に県立自然史博物館を設立するために結成された設立推進協議会に1998年頃から参加し,その後それを静岡県自然史博物館ネットワークという特定非営利法人(NPO)にして,理事として活動を継続している.そのNPO活動の中で,静岡県の委託を受けて自然に関する標本の登録保存事業を行っている.この事業では,地域の研究者とともに標本の整理・登録・保存事業を通じて,どのような整理手順と登録の方法がよいかを標本データベースの作成も含め,研究を続けている.




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最終更新日: 2010/09/30

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