博物館と学芸員のおしごと

柴 正博 著



2023年1月26日発行,A5変形判,246ページ,定価2,800円+税
東海教育研究所 発行

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まえがき

 博物館はどのようなところでしょうか.また,そこで働く学芸員はどんな人で,どのような仕事をしているのでしょうか.多くの人は,博物館では展示室しか見ることはできませんが,それと同じかそれ以上の広さの裏側(バックヤード)では,いったいどのようなことが行われているのでしようか.

 博物館は,世界には4万館以上もあり,日本だけでも5,000館以上もあります.そこで働く学芸員とは,博物館の資料の専門家で,資料の採集や保管,研究や展示,さらに教育などを行います.この本は,そんな博物館の活動と博物館で働く学芸員の仕事を解説したものです.その内容のほとんどは,私が博物館で仕事をしてきた経験を織り込んで,東海大学海洋学部で授業した「博物館概論」と「博物館資料論」,「博物館資料保存論」の授業資料をもとにしたものです.

 私は,東海大学海洋学部海洋資源学科(現在の海洋理工学科)を卒業して,大学院海洋学研究科修士課程を修了し,3年間高等学校の教員を勤め,東海大学自然史博物館の開館直後の1982(昭和57)年に当時の東海大学三保社会教育センター(現在は東海大学海洋学部博物館)の職員となりました.

 私は大学で学芸員資格を取得していなかったため,博物館に勤めてから文部省(現在の文部科学省)の検定と大学の講義で不足単位を取得し,その後の1年間の勤務実績によって学芸員資格を取得しました.それは,私が博物館の職員となって3年後のことでした.このように,大学で学芸員資格を取得していないと,資格取得に多くの時間と労力が必要となります.したがって,「学芸員」資格取得を望んでいる学生諸君は,大学で学芸員資格取得課程を受講できるのであれば,その学芸員資格取得課程の中で資格を取得されるよう努力していただきたいと思います.

 私は博物館に勤めて,展示物のメンテナンスから展示室の掃除,照明の交換,小さな展示から博物館全体の展示などの企画・設計と施工,ポスター・パネル・看板の作成とイラストのデザイン,毎年の特別展の企画・設計・作成・実施,標本の製作とそれらの登録・保管,映像番組の作成,サマースクールや館内案内,体験学習などの教育活動,そしてオーディオ機器や機械の整備と組み立て,コンピュータプログラムやホームページの作成,博物館の内外でのさまざまな委員会活動,研究報告や普及誌の執筆と編集,パンフレットの編集,その合間に資料収集と調査研究,さらに総務や広報,経理事務,最後は運営を担う学芸課長,そして大学や他の教育機関で非常勤講師まで行ってきました.

 日本の博物館学芸員は,このように博物館に関するさまざまな仕事をするので,自分たちのことを「雑芸員」と呼んでいます.私は,博物館で学芸員として勤務し,まさに「雑芸員」のごとく博物館に関する雑多な仕事をほぼすべてやってきました.「雑芸員」は仕事を雑にするのではなく,博物館における雑多なすべての業務を,どれもプロフェッショナルとして行います.しかし,ひとりの人間がこれらすべてを完璧に行うことは不可能であり,そのつど多くの職場の仲間や学生たちに助けてもらっていました.

 私は,東海大学海洋学部博物館(海洋科学博物館・自然史博物館)に36年間勤務し,その間,毎年学生の「博物館実習2」を館内で行い,1998〜2017(平成10〜29)年度まで東海大学海洋学部で「古生物学」の講義を担当させていただき,2009〜2010(平成21〜22)年度には「博物館資料論」の講義を,2017年度末に退職してからは,2019年度から海洋学部の「博物館実習1」と「博物館実習2」をお手伝いし,2022(令和4)年度春学期には「博物館概論」と「博物館資料保存論」の講義も担当させていただきました.

 2022年度春学期の2つの講義では,これまで私が博物館で学芸員として仕事してきたことを振り返り,博物館で一生懸命やってきた仕事や十分にできなかった仕事,失敗したことなども含めて再度博物館と学芸員の仕事を整理し,勉強しなおし,さらに最近の博物館や学芸員の仕事の状況なども加えて講義内容を組み立てました.そして,その内容を講義資料として作成して学生に配布して講義を行いました.この本は,それらの講義資料を再度まとめ直したもので,学芸員資格取得課程の「博物館概論」のテキストとして利用されることを念頭に執筆しました.

 この本では,「博物館概論」を受講される学生さんたちが,これから「学芸員」資格取得のために受講される「博物館資料論」,「博物館資料保存論」,「博物館展示論」,「博物館教育論」,「博物館情報・メディア論」,「博物館経営論」の概要も含めて,博物館がどういうところで,学芸員はどのような仕事をするのかということを解説しています.

 博物館は,国際博物館会議(ICOM)の定義によれば,「博物館とは,社会とその発展に貢献するため,有形,無形の人類の遺産とその環境を教育,研究,楽しみを目的として収集,保管,調査研究,普及,展示する公衆に開かれた非営利の常設機関である.」とされ,国際連合教育科学文化機関(UNESCO)の勧告では「博物館は収蔵・研究・展示を系統だって継続し,後世に伝える業務を遂行する.」とされています.そして,博物館の学芸員は「博物館の目的」を達成するためにさまざまな仕事をして,博物館を「系統だって継続して後世に伝える.」という使命をもちます.

 博物館は,そこを訪れる人が何らかの期待(アジェンダ)をもっていようといまいと,自分がそれまで知らなかった「モノ」や体験に出会うことができる,楽しくてすばらしい場所です.みなさんが,これから博物館でより楽しく有意義な博物館体験をするためにも,みなさんには博物館のことや学芸員の仕事についてよく知っていただきたいと思います.そして,さらに博物館を好きになっていただき,いろいろな「モノ」に興味をもって,これからの人生を豊かにしていただければと思います.そして,同時に博物館のよき理解者,支援者として,これからも博物館を継続して存続させるための力になっていただけることを期待いたします.

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目 次

まえがき

第1章 博物館と学芸員
  ―知と感動への期待―

 1. 博物館概論の目的
   博物館概論とは/学芸員として知っておくこと/学芸員の就職状況/新学芸員養成課程の目的
 2. 博物館とは
  博物館は機関である/日本における博物館/博物館と図書館/博物館の機能/日本の博物館の実態/自然史博物館とは
 3. 学芸員とは
  学芸員の仕事/博物館の核は「モノ」と学芸員

第2章 博物館の歴史
  ―学芸の女神ムーサの神域―

 1. 博物館の起源と欧米の博物館
  ムセイオン/帝国主義国家から現代
 2. 日本の博物館の歴史
  奈良時代から江戸時代/明治時代/国立科学博物館/動物園や水族館/戦後から現在

第3章 博物館の法規と分類
  ―博物館法による博物館―

 1. 博物館法
  博物館に関する法規と博物館法の目的/博物館の定義と事業/博物館法における博物館の分類/公立博物館
 2. 博物館の資料と機能による分類
  収集資料による分類/機能による分類

第4章 博物館の資料と収集・登録
  ―宝の蔵への収納―

 1. 博物館資料
  博物館資料とは/一次資料/自然史標本とその役割/二次資料
 2. 資料の収集から登録
  資料の収集/収集活動における規制と倫理/人文系の資料の受入と登録/自然系の資料の受入と登録/収集資料の受入と取り扱い/自然系の資料の標本化と収納/資料の写真撮影/収蔵資料の登録

 コラム1 自然学習資料保存事業とふじのくに地球環境史ミュージアム
  ―静岡県に県立自然史博物館を!―

第5章 博物館の調査研究
  ―知への探求―

  博物館における研究/学芸員の研究と役割/機関研究/研究ネットワーク

 コラム2 私の研究活動
  ―ローカルからグローバルへ―


第6章 博物館資料の収蔵と保管
  ―蔵としての後世への使命―

 1. 劣化の要因と対策
 1) 光
  光の性質/資料に悪影響を与える光/博物館で使用される光源と照明器具
 2) 温度と水
  温度と湿度/保管に適した温湿度基準/温湿度の測定と測定装置/湿度の制御
 3) 空気
  室内汚染物質の種類と影響/空気汚染の調査/空気汚染と粒子状汚染物質に対する姿勢
 2. 生物被害と対策
  博物館での生物被害/文化財害虫/生物被害対策の歴史/総合的有害生物管理(IPM)/防虫処理と殺虫処理/カビ/資料に被害を与える哺乳類・鳥類/生物被害対策関連の資格
 3. 自然被害・人的被害への対策
 1) 自然被害と対策
  地震による被害と対策/緊急時のおもな対策/自然災害に対する行政などの対応
 2) 人的災害・被害とその対策
  放火及び火災/盗難/養生・梱包・輸送/職員のミス/博物館の保険

第7章 博物館の展示
  ―博物館の顔:展示―

 1. 展示の意義と原理
  展示の意義と種類/展示の原理/博物館の展示づくりの落とし穴/展示動線と来館者の行動傾向
 2. 展示設計と施工
  展示設計/視線計画/色彩計画/照明計画/明るさ(照度)と色温度/温湿度条件/展示技術
 3. 参加型展示と動態展示
  参加型展示/動態展示及び映像メディア型展示/ユニバーサルデザイン/ミドルヤード

 コラム3 東海大学自然史博物館の展示の変遷
  ―ガレージミュージアムから博物館へ―


第8章 博物館での教育
  ―学びの場としての博物館―

  学びの場として博物館/エデュケーター/博学連携/ボランティア/生涯学習/学芸員養成と専門教育

第9章 博物館の情報メディア
  ―アーカイブスとウェッブページ―

  アーカイブスとマルチメディア/博物館の情報/博物館における情報管理/資料整理とデータベース/ウェッブページとデータベース/ウェッブページのつくり方/博物館でのウェッブページの作成と問題点/博物館のウェッブページと留意点

 コラム4 博物館にホームページを!
  ―『第三の波』とWWWの世界―


第10章 博物館の経営
 ―ミュージアムマネジメント―

  博物館での経営とは/博物館運営の制度的な変化/現在の博物館経営の課題/ミュージアムマーケティング/博物館の新たな外部資金調達/博物館評価/博物館に対する市民ニーズ/エコミュージアム

 コラム5 化石フィールドミュージアムを目指して
  ―掛川層群の町づくり資源として活用法―


あとがき

引用文献
博物館法とそれに関連する法令
 博物館法/博物館法施行規則/博物館の設置及び運営上の望ましい基準
索引
 



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最終更新日: 20123/01/15

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