モンゴルの哲学 

 午後2時少し前に、イル・ハイハンの白い花崗岩の岩場から、ウランバートルに向けて出発した。

 イル・ハイハンを左に見て、ジャリ道を登り、草原に出た。行きに黄緑色だった草原は、黄色にかわっていた。私たちは、すでに「アルタン・ナマル(黄金の秋)」の中にいた。空には雲がひろがり、午後5時すぎには雨が降ってきた。私たちのゴビへの旅ももうじき終わろうとしている。

 午後6時すぎ、アスファルトの道に出た。午後6時40分、雨は雪にかわり、ウランバートルの見える峠にさしかかった。車をとめて、トイレ休憩。みんな降りてきて、車がひっきりなしに通る道のすぐわきで小用をたした。

 それを見ていたトゥメンバイヤーは、
 「みんなモンゴル人になったね。これは急激な変身だ。ゴビに向かう前は、君たちはこんなところで用をたさなかった。しかし、今はりっぱなモンゴル人だよ。」
 と、笑った。

 ウランバートルのホテルへは午後7時過ぎに着いた。お世話になった運転手やトゥメンバイヤー、オトゴンさん、サンペルガバさんと別れ、部屋に入った。

 暖かい風呂に入って、と思ったが、バスのお湯の栓をひねっても蛇口からは水しか出なかった。外ではみぞれが降っていたが、しかたなく冷たい水の風呂に入り、体を洗った。震えながら身仕度を整えて、トゥメンバイヤーの来るの待った。

 ロビーでは、前田くんがロビーにたむろしていたモンゴルの女の子と日本語でなにやら話していた。私がバスの一件を前田くんに話すと、他のメンバー部屋のお湯はふんだんに出たらしく、彼は私の部屋のバスのお湯の栓と水の栓が逆になっているのだろうと言った。どちらにしても、今となってはあとの祭りだ。

 トゥメンバイヤーの家では、奥さんが私たちのためにサヨナラ・パーティを開いてくれた。矢崎さんは、ひと足先にトゥメンバイヤーの友人の歯科医のところを訪問して、彼らとともにトゥメンバイヤーの家に来ていた。トゥメンバイヤーの二人の息子も元気で、私たちを迎えてくれた。
トゥメンバイヤーの家族と
 「トグトーヨ(乾杯)!」
 旅を終えた後のアルヒ(ウォトカ)は最高で、モンゴルの友人家族と私たちモンゴル人変身組は、夜遅くまでサヨナラ・パーティを楽しんだ。

 「モンゴルでは時間は重要ではなく、モンゴル人は空間を大切にする。」

 トゥメンンバイヤーのモンゴル哲学である。今回の私たちの短い旅では、日本にいるときと同様に時間に追われた感もあったが、時間の重要でないモンゴルでスケジールを守れたことは、マネージャーの苦労も相当だったと想像される。私たちもモンゴル人の哲学にならって、時間を忘れ、楽しい空間に身を置いた。

 以前、私がトゥメンバイヤーに私の悩みをうちあけたときに、彼は、
 「どんな苦境にあっても、私たちモンゴル人は空間と時間が変化することを知っているし、それが好きだ。このことは、私たちにとって馬にまたがって友人を訪ねることを意味する。時間は変化し、次にはきっとよい時がくる。空間が時間とともに移動するように、すべての人は変化できる。これはモンゴル人の哲学です。」
 と言って、励ましてくれた。
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