海水準と地殻の発達
− 西南日本列島の地質構造への適用


星野 通平

イー・ジー・サービス出版部, 2008年7月, 4000円

札幌市南区真駒内138-86
Tel: 011-583-8881 Fax: 011-583-5457




目 次

第T部 地球の歴史
1. 隕石の集積
2. 花崗岩時代
3. 漸移時代
4. 玄武岩時代

第U部 海水準の地質学的概念
5. 海水準の意義
6. 古海水準の指標
7. ユースタシー
8. 海進と海退
9. 地殻の隆起と沈降
10. 沈降と堆積
11. 台地と地向斜

第V部 西南日本列島の地質
12. 日本海盆の中央台地
13. 西南日本の地質構造
14. 西南日本のバリスカン期の3つのオフィオライト
15. 玄武岩時代の西南日本の第1次花崗岩活動
16. 玄武岩時代の西南日本の第2次花崗岩活動
17. 中期中新世のバリスカン造山運動の再生
18. フォツサマグナ
19. 海水準変化からみた日本海の歴史
20. 第四紀の諸問題

第W部 結語


まえがき

私は地球の膨張は,地質学の根本概念であり,地質学の多くの法則は,このカテゴリーに包括されると考える.しかしながら,私の主張する地球の膨張は,今日流行の古生代末以降,地球の半径が数1000キロメートルも増大したという,地球大膨張に比べれば,ごく小規模なものである.

私が考える地球膨張というのは,始生代におけるMg・玄武岩・花両岩層の形成(Mg-玄武岩層の大部分は原生代に削剥されてしまった).原生代・古生代における層状火成岩類の形成,ついで,中生代・新生代における玄武岩層の形成を内容とするものである.これらの地球表層の形成による地球半径の増大は,大よそ100kmほどである.

私が以前に“The Expandfng Earth”(1998)と題する本を出版したとき,ある地質家は,このような小さな半径増大で地球膨張というのはふさわしくないと述べたが,他の人は,これを地球微小膨張説ということばで紹介してくれた.私はこの地球の小さな膨張−地球の表層の形成−が,地殻の隆起と海水準の上昇を通じて,さまざまな地質現象を支配している,と考えている.地球大膨張を唱える一人は,大膨張の原因についての問いに,「私の最初の答えは,その原因は判らない.経験的に地球は膨張しているといえる」,と.「そして第2の答えは,それを知る必要がない.」(Carey,1976)と,述べている.しかし,私は,地球の微小膨張というのは,現実の地質現象の解析によって解決がえられるものである,と考えている.

地殻の隆起とその沈水(つまり海水準上昇)は,膨張する地球の2つ側面である地球の歴史の間の大規模な海水準上昇は,水圏における斉一な膨張を示し,地殻の不均一な隆起は,固体の地殻の膨張を示すものである.過去において,多くの地質家は,地向斜−造山運動の過程を説明してきた.つまり,堆積盆と山脈の隆起を,まず地殻が沈降して盆地ができ,その堆積物が隆起して山脈をつくる,と.しかし,私は,地殻の隆起(膨張)が先行し堆積盆の形成がそれに続くと考える.地球の膨張は,地球の発達の根本概念である.

私は,地質学の弱点は,地球の誕生のいきさつがはっきりしていないことである,と考える.地球の始まりは,隕石の不均質集積で,それにつづいて地球の3つの表成層が形成された.そして地球は,表層の老化(硬化)と内部の熱源の涸渇によって死にいたるであろう.もちろん,地球の歴史は地域によって一様に進行するものでなく,また所によっては先祖返りもみられよう.

本書は,第T部で地球の誕生と歴史が述べられている.第U部では,地球の膨張に起因する海水準上昇に関連したいくつかの地質現象の検討結果を記述した.第V部で,西南日本列島の地質構造発達史を概説した.約40年前,私は『日本列島地質構造発達史』(湊正雄他編,1965)の編集委員会の世話人であった.その時に比べて,地質学の主流の考えは,今日大きく変化している.しかし,私は,流行のプレート説を支持することは出来ない.本書の第V部は,私の海水準上昇の仮説をもとにした「日本列島地質構造発達史」についての習作である.

2007年3月 星野通平.

日本語版へのまえがき

本書は,2007 年に刊行された“Crustal Development and Sea Level”の日本語版である.私は,以前英文の自著“The Expanding Earth”(1998)を出版したあと,日本語でその普及書『膨らむ地球』を世に出した.今回も同じことを考えていたが,佐藤久夫・真理ご夫妻の一方ならぬご苦労で,この日本語版の原稿がつくられた.さらに中陣隆夫氏は,この原稿をもとに,出版のための体裁をととのえる面倒な仕事を引き受けてくれた.佐藤武・花田正明・石田光男・柴正博・坂本泉の諸氏は,初校の校正を手がけてくれて,本書はほとんど私の手を煩わせることなく出版のはこびになった.上記の諸氏に心からお礼申し上げる次第である.

私は今まで,何冊かの本で多くの地質家と異なる自説を述べてきた.そしてこの十年ほどに出した2冊の本は,いずれも英文のものであった.このことは,最近のわが国の教育や科学界の風潮にかかわることである.

私たちが地質家の第一歩をふみ出したころは,“国民のための科学”を合言葉に,良い論文が書けたら,日本語で発表しよう,という雰囲気がただよっていた.ところが今では,日本語の論文を書く人が少なくなって,学会誌の定期刊行があやぶまれている.このことの原因には,英語で論文を書いて外国の科学雑誌にのせることが,大学教員の成績評価の重要な基準となっていることなどがあげられている.このことは,若い研究者が日本語で書かれた本や論文を読まない,といった傾向に結びついているように思われる.

私は,数年前に学会誌にのった論文をみて,このことを痛感した.その論文は,有孔虫化石を研究した若い地質家が,中新世末期以降の海水準が大きく上昇したと結論したもので,「このことは地中海の蒸発岩の形成と関係があろう」と述べている.中新世末期以降2000mにおよぶ海水準上昇があったことは,50年ほど前から私が主張していたことで,多くの論文・単行本でこのことは詳しく説明してきたつもりである.しかし,この論文の執筆者たちはもちろん,査読者も,あるいは論文末尾に謝辞を述べられている私の出身校の後輩も,このことをまったく知らないらしく,私の仕事に一言もふれていない.

私は,この論文で自説を証拠づける資料がふえたことを喜ぶまえに,わが国の学問の世界をおおっている異様な空気の一端にふれた思いにかられた.そして,そのように読まれないものなら,英文の本にして,一人でも二人でもよいから世界に理解者をもとめようとした.そして,その効果を多少なり感じるこの頃である.

さらにいえば,母国語でこの本を書かなかった,いささか後ろめたい私の思いを,多くの教え子たちが,学生時代に難解だった私の授業をおぎなうために,いまあらためて補講書として本書を出版し私を慰めてくれたのである.ただ,この日本語原稿は,卒業生有志の回覧用にと思って,早急にとりまとめたもので,不正確な記述もあるが,ご寛恕をお願いする.

原著の刊行後に寄せられた書評の中で,共通して指摘されたのは,図が少ないということであった.このことはもちろん私のいたらなさの故であるが,かつて『海洋地質学』(1983)の「まえがき」の中で述べた次の文が,いまも心の奥底にひそんでいることが原因している.「私は図のないC. ダーウィンの“種の起源”を読んで深く感動をうけ,言葉だけの本を書きたいと思ったことがある」と.私は考えを正しく伝えるのは,言葉(文字)しかない,と考えている.

2008年3月 星野通平



2008/07/30

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